全く、然り。

今日の朝刊の読者投稿欄に「否定を伴わない『全然』はおかしい!ムキー!」というご意見が載っていたのですが、そんなことを言い出したら「否定を伴わない『とても』」も糾弾せにゃならんのでは?と思いました。

というのは、「ない」を伴わない「とても」が市民権を得たのはたかだか80数年前のことで、わりと新しい使い方なんです。芥川龍之介がこのことを指摘したエッセイが残っています。

『とても安い』とか『とても寒い』と云ふ『とても』の東京の言葉になり出したのは数年以前のことである。勿論『とても』と云ふ言葉は東京にも全然なかつた訳ではない。が、従来の用法は、『とてもかなはない』とか『とてもまとまらない』とか云ふやうに必ず否定を伴つてゐる。
 肯定に伴ふ新流行の『とても』は三河の国あたりの方言であらう。現に三河の国の人のこの『とても』を用ひた例は元禄四年に上梓された『猿蓑』の中に残つてゐる。

 秋風やとても芒はうごくはず  三河、子尹

 すると『とても』は三河の国から江戸へ移住する間に二百年余りかかつた訳である。『とても』手間取ったと云ふ外はない。(1924年「百艸」)


 当時は新しい用法だった「とても+肯定」も今は普通に使われていますから、「全然+肯定」も遠からず市民権を得ることでしょう。

 というか、大正~昭和の初めくらいは「全然+肯定」も「全然+否定」も使われていたことが確認できます。例えば「羅生門」。

下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されてゐると云ふ事を意識した。(1915年「羅生門」)


 なので、「全然+肯定」が市民権を得るならばそれは「復活」と言っていいんでしょうね。

 言葉なんて変化するものですから、「正しい」とか「間違いだ」とかいう評価がそもそもなじまないんだよなあ。正誤を決めるには何らかの基準が必要ですが、平安時代の日本語を基準にしたら今の日本語なんて全部間違いですから。

 要するに、言葉に対して言えることは「正しい」か「間違い」かではなくて、その表現を使う人が「多い」か「少ない」かということだけなんですね。

 芥川はやはり頭がいいだけあって、その辺の本質を突いています。

「『夜明け』と云ふ意味の『平明』はいつか『手のこまない』と云ふ意味に変り、『死んだ父』と云ふ意味の『先人』はいつか『古人』と云う意味に変つてゐる。……僕等の語彙はこの通り可也混乱を生じてゐる。『随一人』と云ふ言葉などは誰も『第一人』と云ふ意味に使はないものはない。が、誰も皆間違つてしまへば、勿論間違ひは消滅するのである。従つてこの混乱を救ふ為には、―― 一人残らず間違つてしまへ。」(1927年「続文芸的な、あまりに文芸的な」)


 しかしこの投稿をされた人は、テレビ番組の出演者の言葉遣いに対して「突っ込みを入れた」らしいのですが、「突っ込みを入れる」というのもかなり新しい表現です。もともとお笑い芸人の業界用語で、お笑い番組から一般に広まったものですからね。

 引用がすべて芥川なのは、私が芥川ファンだからです。(^^;)
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comments

やっときました

僭越ながら・・・

言葉の変化ってありますよね。
業界用語なぞもありますが、我々の使っている言葉も変化してます。
「ヨーソロー」
これは、船の針路が定まったときの了解に変わる言葉ですが、
昔は
「よろしい候(そうろう)」
だったそうです。言葉がまったく変わったわけではありませんが、
発唱の仕方、タイミング、長さ・・・などで変わったようです。
言葉は固有のものですが、生ものでもあるので、変化を楽しむ
位の感覚で使うのもアリなのではないでしょうか?

黒騎士さん、いらっしゃいませ^^

「候」というとかなーり古い言葉ですよね。それが、変化しつつも現役で使われているというのは面白いですね!

>生ものでもあるので、変化を楽しむ
そうなんです。言葉が変化しなくなるときというのは、誰もその言葉をしゃべらなくなったときですから(ラテン語とか)…。
「この言い方は間違ってる!」って怒るんじゃなく、「最近はそういう言い方が出てきたのか~」という見方をしたいですね。e-440

古い日記に失礼します。

 古い日記に「ツッコミ」を入れます。
〈芥川&とても〉の話は、下記が詳しいと思います。
http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20070616/p1
 えーと。当方は大学の卒論が芥川でした(笑)。

「全然+肯定」に関しては、オヒマなときに下記をご参照ください。
【関連トピ紹介】11──全然+肯定形は是か非か
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=46001081

tobirisuさん、コメントありがとうございます。

昨日ぼんやりと考えていたのですが、最近の「全然」の用法は明治のそれとはちょっと違うんですよね。やはり、言葉は変化しているなあと感じます。詳細は、近いうちに記事にしようと思います。

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プロフィール

奈津

Author:奈津
198X年生まれ。
フリーランス翻訳者。
関心は雇用(特に若い世代の)とか日本語の変遷とか。
家の周りは田んぼです。

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