スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「ボク少女」は実在したのか 2

(前回までのあらすじ)戦前の女学生が「僕」「君」「失敬」「~だよ」といった男言葉を使っていた(かもしれない)ということを知った私は、真偽を確かめるべく図書館へ行ったのでした。

そこで見つけたのが、中村桃子著「『女ことば』はつくられる」(ひつじ書房、2007年)です。この中に、女学校(大まかに言って現代の中学校・高校にあたる)ができた直後の明治初期の様子が書かれていました。明治8年(1875)年の読売新聞に、女学生同士の会話として以下のように書かれているそうです。(表記は読みやすいよう、適宜改めてあります。)


「おちやさん、僕の北堂がね、先日『お前はもう他へ嫁さないと時が遅れるから人に依頼しておいた』と申しましたが、いやなこと。(略)」
「本当にそうですよ。曖昧とした亭主なんぞを持つのは不見識ですよ、君。きっと北堂に断りたまえ」(134ページ)


北堂は「ほくどう」と読み、母親のことです。母親が見合いを進めようとしているので困っているという話なのですが、自分や相手を呼ぶ「僕」「君」、「~したまえ」という話し方は男性の会話のようです。

それから10年後の明治18年(1885)の「女学雑誌」には、やはり男性のような言葉づかいをする女学生が登場しています。


「澤山君、そんなに知らぬ風をしたもうな。例の才子はもう卒業したじゃあありませんか」
「よしたまえ」
「おお、ちょっと待ちたまえ。例の梅香先生がこっちへ来るよ。あの先生が来ると実に窮屈でなりませんよ」
「なぜそんなに恐れたもう。誰も入校の初めはあんなものさ。僕ら、いや妾(しょう)らはこれを導きて当世風にするする義務がありますぜ」



ありますぜ、まで来るとあまり上品とは言い難い感がありますが、彼女たちも一人称が「僕」であり、文末に「~さ」を付ける、同性を君付けで呼ぶなど、男性のような話し方です。

女学生の男言葉使用はこの後も続きます。記録されているものを並べると、

「君」「僕」「何々すべしだよ」(明治23/1890年)
「そうかい」「いいじゃないか」(明治24/1891年)
「僕」「きみ遊びに来たまえな」(明治38/1905年)

などがあります。さらには一部で男性化が加速したものか、「おい、おれの神妙なことを見ろよ」「おい、何を気取っているんだ」という、やや荒っぽい会話も明治43~44(1910~1911)年ごろになされていたという記録があります(141~142ページ)。前に紹介した女学生の言葉遣いが事実だとすると、男言葉はその後20年以上女学生の間で使われていたことになります。

では、これらの言葉づかいは一体どこから彼女たちの言葉の中に入って行ったものでしょうか。次回はそのあたりを書いてみたいと思います。
スポンサーサイト

テーマ : 語学の勉強 - ジャンル : 学問・文化・芸術

comments

comment form

管理者にだけ表示を許可する

trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

奈津

Author:奈津
198X年生まれ、富山県在住。
フリーランス翻訳者。
関心は雇用(特に若い世代の)とか日本語の変遷とか。
家の周りは田んぼです。

最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
フリーエリア
ブクログ
twitter
最近のコメント
最近の記事
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

なかのひと
無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。