東日本大震災に際して

東日本大震災で被災された皆様にお見舞い申し上げます。一日も早い全員の安否確認と被災地の復興を願います。直接被害に遭っていない私にはこれ以上のことは言えません。約90年前にやはり震災に遭った文人の言葉を紹介したいと思います。
大正12(1923)年9月1日の関東大震災を経験した芥川龍之介(1892~1927)が「大震に際せる感想」として残した文章です。旧漢字は適宜新字に直しました。


 地震のことを書けと云ふ雑誌一つならず。何をどう書き飛ばすにせよ、さうは註文に応じ難ければ、思ひつきたること二三を記してやむべし。幸ひに孟浪(もうろう/まんらん)を咎むること勿れ。
 この地震を天譴(てんけん)と思へとは澁澤子爵の云ふところなり。誰か自ら省れば脚に疵(きず)なきものあらんや。脚に疵あるは天譴を蒙る所以、或は天譴を蒙れりと思ひ得る所以なるべし。されど我は妻子を殺し、彼は家すら焼かれざるを見れば、誰か又所謂天譴の不公平なるに驚かざらんや。不公平なる天譴を信ずるは天譴を信ぜざるに若かざるべし。否、天の蒼生に、――當世に行はるる言葉を使へば、自然の我我人間にに冷淡なることを知らざるべからず。
(略)
 誰か自ら省れば脚に疵なきものあらんや。僕の如きは両脚の疵、殆ど両脚を中断せんとす。されど幸ひにこの大震を天譴なりと思ふ能はず。況や天譴の不公平なるにも呪詛の声を挙ぐる能はず。唯(ただ)姉弟の家を焼かれ、数人の知友を死せしめしが故に、已み難き遺憾を感ずるのみ。我等は皆歎くべし。歎きたりと雖も絶望すべからず。絶望は死と暗黒とへの門なり。
 同胞よ。面皮を厚くせよ。「カンニング」を見つけられし中学生の如く、天譴なりなどと信ずること勿れ。僕のこの言を做す所以は、澁澤子爵の一言より、滔滔となんでもしゃべり得る僕の才力を示さんが為なり。されど必ずしもその為のみにはあらず。同胞よ。冷淡なる自然の前に、アダム以来の人間を樹立せよ。否定的精神の奴隷となること勿れ。(芥川龍之介「百艸」110~112ページ、昭和13年刊)




文中の「澁澤子爵」は澁澤栄一(1840~1931)を指していると思われます。孫の澁澤敬三(1896~1963)も子爵位を得ていますが、震災時は27歳と若く、「天譴」発言は不自然でしょう。
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奈津

Author:奈津
198X年生まれ。
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関心は雇用(特に若い世代の)とか日本語の変遷とか。
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