スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

小学校英語

芥川龍之介の「文部省の仮名遣い改定案について」を久しぶりに読み返していました。やっぱ好きだ、これ。芥川の作品というと「地獄変」や「羅生門」などの王朝ものばかり教科書に載ってますが、こういう皮肉なジョーク満載のものがどうしてファン以外には知られていないのだろうと思います。あまりにばかばかしいから?(笑)

で、もし芥川がいま生きていたら、小学校で英語を教えていることについて、こんな調子で一蹴してくれるんじゃないかと思い、勝手に書き換えてみました。


 若し僕にして最も手軽に小学校英語教育を葬らむとせむ乎、僕亦区々たる筆硯の間に委員諸公を責むるに先だち、直ちに諸公を暗殺すべし。僕の諸公を暗殺せず、敢てペンを駆る所以は――原稿料の為と言ふこと勿れ。――一に諸公を暗殺するの簡は即ち簡なりと雖も、便宜ならざるを信ずればなり。……然れども敷島のやまと言葉の乱れむとする危険を顧みざるは断じて便宜と言ふべからず。

……日本人の英語発音の不正確なる、常に「L」と「R」とを分たず、「S」と「TH」とを分たざるは事実たるに近かるべし。然れども直ちにこれを以て幼少期より英語を習はしむべしと言はば、天日豈長安よりも遠からむや。初等中等教育局国際教育課の委員諸公は悉(ことごとく)聡明練達の士なり。理性の尊厳を無視するの危険は諸君も亦(また)明らかに知る所なるべし。然れども諸公の為す所を見れば、殆ど地球の泥団たるを信ぜず、二等辺三角形の頂角の二等分線は底辺を二等分するをも信ぜざるに似たり。雑誌「明星」同人は諸公を以て「新しがり」と做す。「新しがり」乎。「新しがり」乎。僕は寧ろ諸公を目するに素朴観念論に心酔したる原始文明主義者を以てするものなり。

 我文部科学省の小学校英語教育案は金光燦然たる「国際化」の前に日本語の堕落を顧みず、理性の尊厳をも無視するものなり。我謹厳なる委員諸公は真にこの案を小学教育に実施せむとするものなりや否や。否、僕はこの案の常談たることを信ずるものなり。若し常談たらずとすれば、実施するの不可は言ふを待たず、たとひ実施せずとするも、我国民の精神的生命に白刃の一撃を加へむとしたるの罪は人天の赦さざる所なるべし。我国際教育課の委員諸公は悉聡明練達の士なり。何ぞ平成の聖代にこの暴挙を敢てせむや。僕は正直に白状すれば、諸公の喜劇的精神に尊敬と同情とを有するものなり。然れども、語にこれを言はずや、「常談にも程がある」と。僕は諸公の常談の大規模なるは愛すれども、その世道人心に害あるの事実は認めざる能はず。

……然れども思へ。中堂の猛火、東叡山の天を焦がしてより日本の文章に貢献したるものは文部科学省なるか僕等なるかを。明治三十三年以来文部省の計画したる幾多の改革は一たびも文章に裨益したるを聞かず。却つて語格仮名遣の誤謬を天下に蔓延せしめたるのみ。その弊害を知らむとするものは今に至つて誤謬に富める新聞雑誌書籍等――たとへば僕の小説集を見るべし。しかも文部科学省はこれを以て未だその破壊慾を満たしたりと做さず、たとひ常談にも何にもせよ、今度の小学校英語教育案を発表したるはかの爆弾事件なるものと軌を一にしたる常談なり。僕は警視庁保安課のかかる常談を取締まるに甚だ寛なるを怪まざる能はず。


元の文が読みたい人は、青空文庫へどうぞ。

スポンサーサイト

テーマ : 英語 - ジャンル : 学問・文化・芸術

comments

comment form

管理者にだけ表示を許可する

trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

奈津

Author:奈津
198X年生まれ、富山県在住。
フリーランス翻訳者。
関心は雇用(特に若い世代の)とか日本語の変遷とか。
家の周りは田んぼです。

最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
フリーエリア
ブクログ
twitter
最近のコメント
最近の記事
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

なかのひと
無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。