夏の読書感想文4「エリザベス朝演劇集」

クリストファー・マーロー(1564~1593)の戯曲「マルタ島のユダヤ人」と「フォースタス博士」を収録した「エリザベス朝演劇集」を図書館で借りてきて読みました。翻訳はシェイクスピア作品の訳でおなじみの小田島雄志氏で、読みやすいです。ちなみにこの本、Amazonで買おうとすると2万円近くします。恐ろしい…。需要がないということなんでしょうか。面白いのになあ。

エリザベス朝演劇集〈1〉エリザベス朝演劇集〈1〉
(1995/12)
クリストファー マーロー

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そういう私もこれまでマーローに関しては「シェイクスピアと同時代の劇作家」くらいの知識しかなく、先日「ファウストの悲劇」を観に行ってその面白さに衝撃を受け、原作を読んでみたくなったのです。

「マルタ島のユダヤ人」も面白いのですが人が死にすぎで、ちょっと残酷すぎるのではないかという感じがしました。ここでは「フォースタス博士」について主に書きたいと思いますが、内容は先日の観劇記でおおかた書いてしまったので、補足的なことをいくつか書きます。

フォースタスとはファウストの英語読みで、一般にはドイツ語読みのファウストのほうが知られていると思います。というのも、ゲーテの「ファウスト」が非常に有名だからですが、マーローが「フォースタス博士」を書いたのが1592~93年ごろで、一方ゲーテの「ファウスト」は1832年ですから、「フォースタス」の方がずっと早いんですね。どちらも基本的な筋は同じで、あらゆる学問を修めたフォースタス(ファウスト)博士がそれだけでは飽き足らず、人間の限界を超える力を手に入れようとして悪魔メフィストフェレスと契約を結んで魂を売り渡す、というものです。

ゲーテの「ファウスト」は読んでいないのでわかりませんが、マーローの描くフォースタスは野心的で、宗教に縛られず、自由奔放。自分の欲望に正直に生きています。死に際には悪魔に魂を売ったことを悔やみ、神に助けを求めるのですが、そのエネルギーも弱さも生身の人間ならではという感じがして、すごく親近感を覚えます。単なる品行方正の聖人君子では面白くありません。

考えてみれば、そもそものフォースタスの欲求は「もっと多くのことを(今の学問が解明できないことまでも)知りたい」という知識欲というか、向上心だったわけで、それ自体は非難されるようなことではないはずなのです。そこから道を踏み外すか否かというのは本当に紙一重なんだなと思わせられました。

印象的なのが、次の台詞です。

私はこの地において三十年、学究の徒としてすごしてきた、それを思うと私の心はあえぎ、うずく、だがそれにしても、私はヴィッテンベルクを見なければよかった、本など読まなければよかった!

悪魔の誘惑に乗ってしまうほど学問にのめりこむくらいなら、そもそも学問など始めなければよかった――という悲痛な叫び。

ちなみに、マーローはシェイクスピアと同い年ですが、29歳ときに酒場でのケンカが元で刺殺されてしまいました。生きていればもっといろいろな作品を書いてくれただろうに…と思うと、残念です。映画「恋におちたシェイクスピア」では、芝居のオーディションを受けに来た人たちが揃いも揃ってマーローの「フォースタス博士」の台詞をしゃべるので、シェイクスピアはうんざりしてしまう、という場面があります。
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テーマ : 読書感想文 - ジャンル : 小説・文学

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奈津

Author:奈津
198X年生まれ。
フリーランス翻訳者。
関心は雇用(特に若い世代の)とか日本語の変遷とか。
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