観劇記 「ファウストの悲劇」

観た日時:2010年7月23日19時
観た場所:Bunkamura シアターコクーン
原作:クリストファー・マーロウ
原題:The Tragical History of Doctor Faustus(邦題「フォースタス博士」)
出演:野村萬斎、勝村政信、白井晃ほか
演出:蜷川幸雄


 天才的頭脳を持ち、英才博学と称えられるファウスト博士(野村萬斎)は、常人を超えた力を欲して悪魔メフィストフェレス(勝村政信)と契約を結ぶ。メフィストフェレスは24年間という期限付きで、ファウストの望みを何でも叶えると約束するが…

 もともと勝村さん目当てで見に行ったのですが、始まってみると野村萬斎演じるファウストから目が離せませんでした。際限のない人間の欲、魂を差し出せばそれを叶えてやるという悪魔の誘惑に乗ってしまう弱さ、いざ契約の期限が迫ると死におびえ、地獄を怖れ、神に救いを求める勝手さを生々しく、妖しく見せてくれました。

一言で言うと、萬斎が全部持っていってしまいました。

しかし実際に魔力を手に入れたファウストがしたことはと言えば、享楽にふけり、手品に毛の生えたような悪ふざけをして人を驚かせたりといった程度だったのです。メフィストフェレスをしもべにして最初に命じたことは「女房がほしい」、契約の期限が近付くなかで「心からの望み」だとして絞り出すように言ったことが「ヘレネ(※)を自分の女にしたい」だったのですから。天下のファウスト博士の欲望が、たったそれっぽっちか!?と突っ込みたくてたまらなくなりましたが、いざ「何でも望みが叶う」状態になった人間が思い付くことなんてその程度だということなのでしょう。

※ ギリシャ神話に登場する絶世の美女。トロイ戦争の原因になったという。

 勝村さんは今回どちらかと言うと、黙って芝居する場面が多かったですね。動き回るファウストを静かに笑いながら眺めているのですが、その嘲るような表情はさすが、うまいなと思いました。

 演出の点では、色の使い方が印象的でした。地獄からしばしば現れる悪魔たちをはじめ、出演者の衣装がけばけばしいほどのカラフルさなのですが、そんな中でファウストの全身黒、メフィストフェレスの全身白というモノトーンが際立っていました。

 その悪魔たちや地獄の王ルシファー、ファウストの心が揺れているときに空中に現れる天使と悪魔などのキャラクターの衣装は漫画のように単純で、下手すると安っぽく見えてしまうのですが、終わってみるとそれは計算されたものだったんだと気付きました。つまり、天使や悪魔、魔王のデザインを陳腐なものにしてしまうことで、ファウストが真剣に恐れているものを戯画化しているんじゃないかと思うんですね。この男がおびえているのはこんなしょうもないものだぞ、と。ではファウストが本当に怖れなければならないものは何だったかといえば、難しい問題ではありますが、悪魔の誘惑に負けた自分自身の心の弱さと欲深さではなかったでしょうか。クライマックスのファウストの台詞「なぜお前は魂を持つ人間なんかに生まれてきた!」はずしりと、重い。

 ですが、誰もが欲を捨てて修行僧のようになれるわけではありません。心の平安を求めて神に祈る一方で、弱さや欲深さは断ち切れず、ふらふらと揺れて、悩んでいるのが人間なんだということなんでしょうね。
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テーマ : 観劇 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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奈津

Author:奈津
198X年生まれ。
フリーランス翻訳者。
関心は雇用(特に若い世代の)とか日本語の変遷とか。
家の周りは田んぼです。

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