村長の講演会

人に誘われて、湯浅誠さんの講演会に行ってきました。年末年始によくメディアに取り上げられた「年越し派遣村」の村長をつとめた人です。

記事: 「貧困の連鎖を防げ 湯浅誠さん富山で講演」(中日新聞)

記憶に残っている範囲で、内容のメモ。


・「年越し派遣村」に集まった失業者らについて「まじめに働こうとしている人たちか」と言った政務官について
 そういう発言をする人は、問題を航空写真でしか見ていない。航空写真を見ると、家も道も写っている。だから「なぜ歩かないんだ。歩く気がないんだろう」と言う。実際に歩いてみたら道路がでこぼこだったり、穴が開いていたり、とても歩けない事情があるのかもしれない。航空写真しか見ていないから、それが分からない。政治家の中には、「自分は航空写真しか見ていない」と自覚している人もいる、そういう人たちは現場を知っている人間に、実状を聞こうとする。政治家はあらゆる問題を扱わないといけないから、そのすべてを詳しく知るなんてことはできない。知らないことは罪ではない。たちが悪いのは、自分が現場を知らないという自覚のない人。

・派遣切りに遭うのは本人が悪いという自己責任論
 椅子取りゲームのたとえ。10人いて椅子が8脚だったら、2人は座れない。その理由を、座れなかった2人の中に探していたのがこれまでの議論。努力が足りなかったからだとか、このあいだ仕事をさぼっていたからだろうとか。そんな風に本人の中に理由を探し始めたら、やましいことのまったくない人なんていない。そうではなく、そもそもなぜ椅子が8脚しかないのかを考えないといけない。もし10人が10人ともイチローでも、2人は座れない。その場合でも、座れなかった2人のイチローに「努力が足りなかったからだ」といえるのか。

・正社員へのプレッシャー
職場に派遣労働者と正社員がいて、正社員は派遣の人の倍の給料をもらっているとすると、正社員は倍の結果を出さなければというプレッシャーがかかる。長時間労働を強いられても文句が言えなくなる。労働者全体の労働条件が悪くなっていく。

・非正規の不安定さに気付かないまま、なんとなく生活できてしまっていた
派遣村に来た人の多くが言っていたのが「まさか自分がこうなるとは」という言葉。これまでは景気がよく(いざなぎ越え)、2ヶ月や3ヶ月といった契約期間が切れても、次の2ヶ月、次の3ヶ月という風に契約を更新して働き続けることができたし、これからもそうできるだろうと見込むことができた。実際には不安定な働き方だったのに、なんとなく続いてしまっていたせいで不安定さに気付かなかった。薄氷の上を歩いているのに、そのことに気付いていないという状態。

・「寮付き日払い」から抜け出せない
仕事をクビになって寮からも追い出され、当面のお金もないという人が仕事を探すとき、真っ先に消える選択肢は「通いで働いて月給をもらう仕事」。そもそも家がないし、数日暮らすお金もないのに、最初の給料まで1ヶ月かかる仕事ができるはずがない。ところが、ハローワークで紹介されているのは月給仕事ばかり。そうなるとハローワークではなく、情報誌やスポーツ紙に載っている「寮付き、給料日払い」の仕事を探す。このパターンにはまってしまうと、「寮付き日払い」という働き方をいつまでも続けることになる。


面白い講演で、湯浅さんも話すのが上手な人なので、ところどころに冗談を挟んだりするんですが、冗談じゃなさそうなところで会場から笑いが起こるので物凄い違和感を抱きました。
仕事をクビになって自殺してしまった人の話や、生活保護に頼らないと生きていけない(=文字通り、生命を維持できない)人の話を湯浅さんがしてるのに、会場の人たちがワッハッハと笑っていたんですよ。そ、そこ笑うところじゃないよね!?何ここ末広亭!?と心の中で盛大に突っ込まずにはいられませんでした。派遣切りなんて所詮は他人事、ということなのかなあ。うーん。
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奈津

Author:奈津
198X年生まれ。
フリーランス翻訳者。
関心は雇用(特に若い世代の)とか日本語の変遷とか。
家の周りは田んぼです。

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