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都会と地方は違うのか。

前にも紹介したように私はツイッターでMyNewsJapan代表の渡邉正裕氏をフォローしているのですが、氏のブログを見ていて、引っ掛かる記述がありました。


僕の本は売れる場所が決まっていて、東名阪、なかでも首都圏の中核都市。とりわけ渋谷、恵比寿、品川、有楽町、池袋、新宿など、都内で若手サラリーマンがたくさん徘徊してる本屋である。逆に、地方都市でグリーやモバゲーにハマっちゃってるようなガテン系が多い街道沿いの本屋では置くだけ無駄。地方では全然減ってないんだろうな…。(新書の冷酷な「減り方競争」


渡邉氏の著作は20代から30代に向けた、キャリアや雇用をテーマにしたものが多いので、ビジネスマン(「マン」に語弊があるとすればビジネスパーソン)が多くいるところで売れるというのは分かります。しかしこの書き方は何か地方を見下していないでしょうか。これでは、「都会にいるのは(おそらくは大卒以上の)ホワイトカラーのビジネスマン」、「地方にいるのは(おそらくは高卒以下の)ブルーカラー」という風に読めますし、それに加えて「都会のホワイトカラーは本を読むが、地方のブルーカラーはケータイでゲームばかりしている」というイメージまで浮かんでしまいます。

これだけなら「単純な見方をする人だな」で終わってしまうのですが、その少し後に佐々木俊尚氏の「2011年 新聞・テレビ消滅」を読んでいたら、またしてもそうした記述に出会ってしまいました。


 私もときどき地上波のテレビでタレントがひな壇に並んでいるバラエティ番組などを見て、
「こんな番組をいったい誰が見ているんだ?地方にはまだこういう番組を見る視聴者層が存在するのだろうか?」
と疑問を抱くことがある。(23ページ)


最近のテレビ(特に芸人をひな壇に並べたバラエティ)が面白くないということはいまどき誰でも思っていることであって、地方だろうが都市部だろうが視聴者はとっくに離れているのではないかと思うのですが、この佐々木氏の書き方からは「地方在住者は程度の低い番組を喜んで見る」という偏見が感じられます。「東京からの地方見下し」です。

ただ、ここまで考えて思ったのですが、こういう見方は地方在住の人間にとってはカチンとくるものの、正しいとも間違っているとも言えないんですね。もし私がこの二人に何か言うとすれば「地方でも読書好きなホワイトカラーはいるだろうし、都市圏にもケータイでゲームしてるブルーカラーはいるだろうから、一概に地方を下に見るのはおかしい」ということになるでしょう。そして、それに対する反論としては、「そういうのは例外であって、全体的に見ればやはり地方の人間は程度が低い。それは経験から分かっている」というものが考えられます。

そうなると私は「本当にそうなのか、データを出して下さい」と求めることになると思うのですが、それを出そうとすると(1)都市と地方の境界線はどこか、(2)ホワイトカラーとブルーカラーの境界線はどこかを決めたうえで、渡邉氏の本はどんな学歴・職業の人たちが買っているのか、ひな壇バラエティ番組はどんな人たちが見ているのかを調べる必要がありますが、そんなことはやってみるまでもなく無理です。(書いているだけで気が遠くなってきました。)

したがって、上記のような東京中心の見方は正しいとも間違っているとも判断できません。正しいとも間違っているとも実証できないことをさも事実かのように言うのは安易ではないか、ということは言えますが。

以上書いてきたことを一言で言うと「田舎をバカにするな」ということなのですが、こういう東京中心の見方に反応して記事まで書いてしまうこと自体、私自身が「地方は東京より遅れている」というコンプレックスがあることの表れなのでしょう。同時に「地方だからといって東京より遅れているということがあってはいけない」とも思っているので、地方を下に見られると「そんなことないわっ!ムキー!」となるわけです、ね。でもこれはけっこう疲れるので、私がムキーとならなくてもいいよう、人や情報の都市(おもに東京)の一極集中がもう少し改善されればな、と思います。
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「ボク少女」は実在したのか 2

(前回までのあらすじ)戦前の女学生が「僕」「君」「失敬」「~だよ」といった男言葉を使っていた(かもしれない)ということを知った私は、真偽を確かめるべく図書館へ行ったのでした。

そこで見つけたのが、中村桃子著「『女ことば』はつくられる」(ひつじ書房、2007年)です。この中に、女学校(大まかに言って現代の中学校・高校にあたる)ができた直後の明治初期の様子が書かれていました。明治8年(1875)年の読売新聞に、女学生同士の会話として以下のように書かれているそうです。(表記は読みやすいよう、適宜改めてあります。)


「おちやさん、僕の北堂がね、先日『お前はもう他へ嫁さないと時が遅れるから人に依頼しておいた』と申しましたが、いやなこと。(略)」
「本当にそうですよ。曖昧とした亭主なんぞを持つのは不見識ですよ、君。きっと北堂に断りたまえ」(134ページ)


北堂は「ほくどう」と読み、母親のことです。母親が見合いを進めようとしているので困っているという話なのですが、自分や相手を呼ぶ「僕」「君」、「~したまえ」という話し方は男性の会話のようです。

それから10年後の明治18年(1885)の「女学雑誌」には、やはり男性のような言葉づかいをする女学生が登場しています。


「澤山君、そんなに知らぬ風をしたもうな。例の才子はもう卒業したじゃあありませんか」
「よしたまえ」
「おお、ちょっと待ちたまえ。例の梅香先生がこっちへ来るよ。あの先生が来ると実に窮屈でなりませんよ」
「なぜそんなに恐れたもう。誰も入校の初めはあんなものさ。僕ら、いや妾(しょう)らはこれを導きて当世風にするする義務がありますぜ」



ありますぜ、まで来るとあまり上品とは言い難い感がありますが、彼女たちも一人称が「僕」であり、文末に「~さ」を付ける、同性を君付けで呼ぶなど、男性のような話し方です。

女学生の男言葉使用はこの後も続きます。記録されているものを並べると、

「君」「僕」「何々すべしだよ」(明治23/1890年)
「そうかい」「いいじゃないか」(明治24/1891年)
「僕」「きみ遊びに来たまえな」(明治38/1905年)

などがあります。さらには一部で男性化が加速したものか、「おい、おれの神妙なことを見ろよ」「おい、何を気取っているんだ」という、やや荒っぽい会話も明治43~44(1910~1911)年ごろになされていたという記録があります(141~142ページ)。前に紹介した女学生の言葉遣いが事実だとすると、男言葉はその後20年以上女学生の間で使われていたことになります。

では、これらの言葉づかいは一体どこから彼女たちの言葉の中に入って行ったものでしょうか。次回はそのあたりを書いてみたいと思います。

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「ボク少女」は実在したのか

管賀江留郎(かんが・えるろう)なる素姓の知れない人物の書いた「戦前の少年犯罪」(2008年、築地書館)という本が私の手元にあります。ありますというか、自分で買ったものなのですが、買ってから一度読んだきりだったのを先日、何年かぶりにパラパラ見ていたら、こんな記述を見つけました。(太字は引用者)


荒木大将はまた同じ時期に「キミ・ボク」禁止令を出してます。女学生の間に「キミ」「ボク」「失敬」なんてな男言葉が流行っていたのです。(190ページ)


著者によると、昭和初期の女学生が「君」「僕」という、現在一般に男性の使うものとされる言葉を話していたというのです。筆者はさらに、昭和9年(1934)の1月4日の読売新聞からの抜粋として、以下のような記者と女学生二人の会話を紹介しています。(表記は適宜改めてあります。)


「あなたがた、学校はどちら?」記者が突然問いかけると、
「しらないわ。」プイッと横を向いて、煙を吐いて、
「君、行こうよ。」
「うん、オフロどうする?」
「もち入って行こうよ。お正月だもん、大丈夫だよ。」


(記者の注によれば、「オフロ入る」はダンスホールに行くことを指す仲間内の言葉だとのことです。)

私の知る限りでは、男言葉・女言葉に関してのよくある指摘と言えば「昔は男言葉と女言葉がはっきり分かれていたが、最近ではその区別があいまいになってきた」というもので、それば「若い女性の言葉遣いが男性のように乱暴になってきている」という嘆きとして聞かれることも少なくありません。そして、戦前の女性たちは、そうした「失われた女言葉」を話していた世代、というのが私の認識でした。

もちろん、上掲の場面でも女学生が「知らないわ」と言っているように、「言ったわ」「そうよ」「そうなのね」といった、女言葉と聞いて今の私たちがイメージする言葉づかいをかつての女性たちがしていたのは事実でしょう。しかしその一方で、男性の言葉づかいを取り入れた女学生たちが、短期間とはいえ、いたかもしれないのです。

ちなみにウィキペディアを見ると、現代ではなぜか「僕」を一人称に使う女の子が「ボク少女」として一部の男性に支持されているそうです。そんな「ボク少女」が70年以上前にいたとしたら、ちょっと面白くないでしょうか?

こうして、「戦前のボク少女」探索が始まったのでした。

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労働時間規制に関する渡邉正裕氏のツイート

2月19日から3月7日にかけての、渡邉正裕氏(MyNewsJapan代表)のツイートを抜粋しました。渡邉氏は渡辺美樹氏支持を表明しており、それに関しては賛否あるところだと思います。ですが日本の労働時間規制があってないようなもの、ということはショッキングですし、知っておくべき問題だと思うのでUPしておきます。



@masa_mynews
月120H残業など居酒屋としては少ないほうで、しなきゃ店が潰れる。経営者は合法の範囲内でベストを尽くす。法律がおかしいから政治家になって変えたいというワタミ会長は正しい。区別つかんのかね?RT @magazine_posse 36協定特別条項でまさにワタミは月120時間残業を可能
2月19日 webから

@masa_mynews
今36協定って上限規制ないからね。労基署が指導しても従う必要なし。月200時間でも300時間でもOK。そんな状況だと長時間働かせた居酒屋ほど経営的に勝ち残れる。そういうバカな法律のもとでまっとうな競争なんかできないから政治の世界に出て法律を直したい、というワタミ会長は全く正しい。
2月19日 webから

@masa_mynews
3ヶ月120時間、1年360時間が原則(平成10年12月28日労働省告示第154号)だが、単なる原則。「届出書類の形式さえ間違っていなければ、たとえ年2千時間の残業であっても受理せざるを得ない」 http://bit.ly/hcR68w RT @terousho 上限規制ないの?
2月19日 webから

@masa_mynews
現在の法律では、労使協定を結び労基署に届け出て社員に割増し賃金を支払うなら、いくらでも残業させて良いことになってる。日本独特の罰則がない無意味なギョーセーシドー。こういうの散々みてきたワタミ氏が政治を直すしかないと考えるのはごく自然。 http://bit.ly/hcR68w
2月19日 webから





@masa_mynews
戦後日本の奇跡的な高度成長は、こういった「合法的に社員を死ぬまで働かせる仕組み」によって成し遂げられたわけです。奇跡が起きるくらいに異常な世界が、まだ放置されてることを理解すべし。就職人気企業の6割が過労死基準超え http://bit.ly/evWFfe
3月7日 webから

@masa_mynews
「時間外労働は通常単価の3倍」とかにすれば、雇用の頭数を増やすほうが合理的になるから、政策的にいくらでも雇用を増やすことはできる。だが連合は労働者全般の味方ではなく既存正社員だけの味方だから言わない。就職人気企業の6割が過労死基準超え http://bit.ly/evWFfe
3月7日 webから

@masa_mynews
渡邉正裕
大日本印刷の年1920時間残業可は、イメージどおり。薄給長時間労働の代表選手というかんじ。時給3千円でもプラス600万か。命をカネに換える仕事だな。 http://t.co/CR6RM1z 
3月7日 webから

@masa_mynews
ソニーの残業年1500時間可も、取材結果に合致する。ケータイの開発とかだと3ヵ月ごとに新製品がでて、発売日決まってるから、寮と開発室の往復生活になって、精神的に病んで、クビを吊ってしまう。同期が寮で自殺した話を取材したことがある。 http://bit.ly/i5RN1n  
3月7日 webから

@masa_mynews
NTTドコモの年1000時間オーバー可も、ケータイの新機種やimodeがらみの技術者だな。メーカーと共同開発するから。あとは電波塔の建設を管理してる人たちか。それ以外はノー残業運動に邁進。文系は特にラク。http://bit.ly/gF0jad
3月7日 webから

@masa_mynews
本当は36協定なんて経済誌や新聞が開示請求して一覧表を載せるべきなんだが、スポンサータブーで触らない。そもそも厚労省がぜんぶ公開すべき。僕は有価証券報告書への記載を義務付けろ、実残業時間や休日取得実績を開示すべし、と本の中でも書いてる。 http://bit.ly/fNVO2L 
3月7日 webから

@masa_mynews
アクセンの月100時間×6回まで、もありえない設定。だいたい労組もないのにどうやって36協定でっちあげてんだろう。労組があるコンサルなんて信用できないし。プロの仕事って時間じゃないんだから。 http://www.mynewsjapan.com/reports/1336
3月7日 webから

@masa_mynews
野村證券の月72時間×年6回ってのも、そこから先はサービスで調整してね、ってかんじ。20代の社員は暗黙の了解で朝7時までに出社だから、朝だけで毎日2時間の「残業」。
http://www.mynewsjapan.com/reports/424
3月7日 webから



太字は引用者によるものです。

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3月の目標達成

・CNN English Express の「ライティングにチャレンジ」に応募する。 →応募した
・デイリーヨミウリの「Translate This」に最低月2回応募する。   →応募せず
・斉木学園(奈良市)の翻訳コンテストに応募する。         →応募した
・アメリア定例トライアルに、最低1部門応募する。         →応募せず
・アメリア翻訳お料理番・ひとこと翻訳大賞は毎月必ず出す。     →応募せず

今月は目標達成度低し、でした。4月は気持ちを切り替えて頑張ります。

【3月の成果】
・斉木学園(奈良市)時事英語翻訳コンテストの第112回英日翻訳コンテストにおいて、優秀者3人の中に選ばれました。
・同じく斉木学園の第4回日英翻訳コンテストにおいて、入選6人の中に選ばれました。

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プロフィール

奈津

Author:奈津
198X年生まれ、富山県在住。
フリーランス翻訳者。
関心は雇用(特に若い世代の)とか日本語の変遷とか。
家の周りは田んぼです。

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