ヴェニスの商人

映画「ヴェニスの商人」(2004年イギリス)を見ました。

アル・パチーノ演じる哀しき高利貸し・シャイロックはもちろん見どころなのだけれど、むしろポーシャ(リン・コリンズ)の男装が大変な似合いようでドキドキしました。口ひげが可愛い!「恋に落ちたシェイクスピア」でヴァイオラ(グウィネス・パルトロー)がやはり口ひげをつけて男装をしていたのがすごく可愛かったのですが、それによく似てます。2人とも顔立ちの「女度」がそんなに高くない(悪く言えば地味顔)なので、男装が違和感ないのかも。

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バッサーニオの「妻のポーシャよりもアントーニオが大事」発言に対するポーシャの台詞「それは奥様の前で言わないほうがよろしいでしょうな」が省略されていたのは残念でした。好きな場面だったので…

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バッサーニオの結婚生活は間違いなく、「ポーシャの手のひらの上で転がされる」ことになると思います。

しかしびっくりしたのは、アントーニオとバッサーニオのキス!そういう関係だったのかー!

そういえば、アントーニオは最初誰だかわかりませんでした。バッサーニオと同年代だとばかり思っていましたよー。

♪この記事は50本目です♪
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テーマ : 見た映画の感想 - ジャンル : 映画

高原に行ってきました

今日から3連休ですね!
平地の暑さから逃れるため、立山・室堂(標高2,450m)に避暑に行ってきました。

高原バスに乗り、正午ごろ室堂に到着!

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たくさんの人でにぎわっています。風が涼しく、爽快です!

遊歩道脇に黄色い花が。何の花だろうと思ってかがんで見ると…
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セイヨウタンポポです。
平地の植物が進出しているとは…
デリケートな高山植物の今後が心配です。

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室堂名物、チングルマ(稚児車)。

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遊歩道はまだたくさん雪があります。

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ミクリガ池の深い青。

ここから地獄谷に降りることにしました。「現在、火山ガスの濃度が高いので注意してください」というアナウンスが流れていました。

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大丈夫なんだろうか…と思いつつも、サッと通り抜けることにして出発。

と思ったら…遊歩道が雪に覆われている!
取材に来ていた地元テレビ局のクルーは機材を抱え「行く?」「どうしよう」と思案。

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「やめとこうか…」

さすがに機材を担いでいては、滑りやすい雪道は危なそうです。
私は大した荷物ではなかったので、ゆっくり降りていけば大丈夫でした。山小屋のスタッフらしい若い男性が、スコップで雪の斜面に階段を作っていました。ありがたや。

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地獄谷に着きました。

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あちこちから湯気が出ていて、熱いです。(写真撮ってないで通り抜ければいいのに)

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警告アナウンスが功を奏した(?)のか、地獄谷から雷鳥沢にかけては人がほとんどいませんでした。室堂の喧騒が嘘のようですね。

午後1時ごろ、雷鳥沢に到着しました。山小屋「雷鳥沢ヒュッテ」で昼食(カレー)をとり、再び出発。
ミクリガ池に戻ってもよかったのですが、ちょっと足を延ばして浄土沢まで行きました。

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雷鳥沢キャンプ場のテント。山に抱かれている…

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キャンプ場までの歩道も一部、雪が覆っています。登ってくる人がいないと、どこが道か分かりません。

キャンプ場を抜けると、浄土沢に出ました。
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清流です。

ミクリガ池に戻ると、望遠レンズを構えた写真家?が雷鳥を観察していました。通りがかった人たちも「雷鳥が見えるの?」「見せて見せて」と、代わる代わるファインダーをのぞき込んでいます。
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私も見せてもらうと、確かにいました!今年初めて室堂に来てさっそく雷鳥が見られるとは、ラッキー。

約3時間の散策でした。
意外と雪が多かったので、スニーカーで行ってしまったことを後悔…。トレッキングシューズ必携です。
山は確かに涼しかったのですが、アップダウンのある遊歩道を歩いていると普通に暑くてだらだら汗をかいていました。避暑という当初の目的が果たせたのかよく分かりませんが、ま、気持ちよかったからいいや。

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a little

「それってちょっとひどくないですか?」

と言ったときの「ちょっとひどい」は

「ひどすぎる」

という意味のような気がします。

「そんな言い方、ちょっと無神経じゃない?」は

「無神経すぎる」。

使っている表現はあくまで

「ちょっと」

なのだけれど、

言ったほうは

「たいがいにしやがれ」

と思っているわけで、

言われたほうも

「うわっ怒ってる」

と感じ取ったりしているわけで、

言葉というのは不思議です。

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感想のようなもの

先日、他紙で久しぶりに「バールのようなもの」という表現を見ました。事務所荒らしの記事だったんですが、何なんでしょうか「バールのようなもの」とは。バールに見えるという以上は限りなくバールに近いのだけれども、「ようなもの」というからには決してバールそのものではないんですよね。そしておそらく、誰も「バールのようなもの」が使われている現場を見ていない。窓が割れているとか、ドアノブが壊れているとかいう痕跡から推測してるだけなんです。じゃあなぜその道具の形が「バールのよう」だと分かるのでしょうか。エスパーじゃないんだからなあ。

そういえば、強盗や窃盗なんかのニュースで「二人組の男が…」という言い方をすることがありますが、「三人組の男」「四人組の男」「五人(以下エンドレス)」というのは聞いたことがありません。三人以上の場合は「三人の男が押し入って…」となります。2人の場合だけ「組み」にされてしまうんですね。しかもなぜか「ににんぐみ」と音読みされるという不思議。

「二人組の女」もあまり聞いたことがないので、女は単独で犯行に及ぶようです。

それにしても「男・女」と言うと「男性・女性」と言うよりもぞんざいな感じがするのは面白いところです。強盗事件のニュースでは「ナイフを持った男が押し入り、店内にいた女性を人質に~」みたいな表現になるわけで、逆はない。悪事をはたらく輩は「男・女」で、善良な市民は「男性・女性」。いつからこんな使い分けが始まったのだろう。

事件・事故の記事は気にし出すと、いろいろ気になることが出てきます。「外国人風の男」とか…ナニ人?って感じですし。中国人もイギリス人もアゼルバイジャン人も「外国人」なんだから。

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テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

全く、然り。

今日の朝刊の読者投稿欄に「否定を伴わない『全然』はおかしい!ムキー!」というご意見が載っていたのですが、そんなことを言い出したら「否定を伴わない『とても』」も糾弾せにゃならんのでは?と思いました。

というのは、「ない」を伴わない「とても」が市民権を得たのはたかだか80数年前のことで、わりと新しい使い方なんです。芥川龍之介がこのことを指摘したエッセイが残っています。

『とても安い』とか『とても寒い』と云ふ『とても』の東京の言葉になり出したのは数年以前のことである。勿論『とても』と云ふ言葉は東京にも全然なかつた訳ではない。が、従来の用法は、『とてもかなはない』とか『とてもまとまらない』とか云ふやうに必ず否定を伴つてゐる。
 肯定に伴ふ新流行の『とても』は三河の国あたりの方言であらう。現に三河の国の人のこの『とても』を用ひた例は元禄四年に上梓された『猿蓑』の中に残つてゐる。

 秋風やとても芒はうごくはず  三河、子尹

 すると『とても』は三河の国から江戸へ移住する間に二百年余りかかつた訳である。『とても』手間取ったと云ふ外はない。(1924年「百艸」)


 当時は新しい用法だった「とても+肯定」も今は普通に使われていますから、「全然+肯定」も遠からず市民権を得ることでしょう。

 というか、大正~昭和の初めくらいは「全然+肯定」も「全然+否定」も使われていたことが確認できます。例えば「羅生門」。

下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されてゐると云ふ事を意識した。(1915年「羅生門」)


 なので、「全然+肯定」が市民権を得るならばそれは「復活」と言っていいんでしょうね。

 言葉なんて変化するものですから、「正しい」とか「間違いだ」とかいう評価がそもそもなじまないんだよなあ。正誤を決めるには何らかの基準が必要ですが、平安時代の日本語を基準にしたら今の日本語なんて全部間違いですから。

 要するに、言葉に対して言えることは「正しい」か「間違い」かではなくて、その表現を使う人が「多い」か「少ない」かということだけなんですね。

 芥川はやはり頭がいいだけあって、その辺の本質を突いています。

「『夜明け』と云ふ意味の『平明』はいつか『手のこまない』と云ふ意味に変り、『死んだ父』と云ふ意味の『先人』はいつか『古人』と云う意味に変つてゐる。……僕等の語彙はこの通り可也混乱を生じてゐる。『随一人』と云ふ言葉などは誰も『第一人』と云ふ意味に使はないものはない。が、誰も皆間違つてしまへば、勿論間違ひは消滅するのである。従つてこの混乱を救ふ為には、―― 一人残らず間違つてしまへ。」(1927年「続文芸的な、あまりに文芸的な」)


 しかしこの投稿をされた人は、テレビ番組の出演者の言葉遣いに対して「突っ込みを入れた」らしいのですが、「突っ込みを入れる」というのもかなり新しい表現です。もともとお笑い芸人の業界用語で、お笑い番組から一般に広まったものですからね。

 引用がすべて芥川なのは、私が芥川ファンだからです。(^^;)

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crow

5月だったか6月だったかの愛鳥週間に思ったことなんですが、愛鳥週間に愛情を注いでもらえるのはツバメとかスズメとかカルガモとか、人間から見て可愛い鳥だけなんですよね。

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カラスなんていう、図太そうでたくましそうで人間に愛されなくても「へ」とも思わなさそうな鳥は愛護の対象にはならないどころか、「害鳥」などと呼ばれて駆除されるのです。

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「カラス対策」とよく言うけれど、カラスはカラスで「人間対策」とか考えているのかもしれない。
考えていないのかもしれない。

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プロフィール

奈津

Author:奈津
198X年生まれ。
フリーランス翻訳者。
関心は雇用(特に若い世代の)とか日本語の変遷とか。
家の周りは田んぼです。

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