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公私の言葉がかぶってるんです

「正反対」という意味で使われている「真逆」は割と最近の言葉だと思っていたのですが、NHKの「ことばおじさん」こと梅津正樹アナによると、元はテレビ業界の用語だそうです。

── 仲間内だけの言葉というのは若者だけの文化なのでしょうか?

梅津 実は大人も使っているんですよ。専門用語や業界用語がそうですね。例えば「真逆」や「目線」という言葉、これはテレビの照明関係者の言葉ですからね。(引用元


「目線」については、元は「カメラ目線」など、文字通り「目がどこを向いているか」を表す言葉だったのではないかと思いますが、最近では「ユーザー目線」「主婦の目線」のように「立場」や「視点」を意味したり、「上から目線」など、人の態度を言うのにも用いられています。もともと「見下す」「見下げる」のように、人を格下扱いする態度を「見る」という言葉で表していましたから、「目線」という言葉とも容易に結びついたのでしょう。

上のインタビュー記事で思い出したのが、以前読んだ野口恵子著「かなり気がかりな日本語」(集英社新書、2004年)の中の一節です。

最近の大学生がよく使うのは、テレビを見て覚えた言葉、主としてお笑いバラエティー番組から仕入れたとおぼしき言葉の数々である。……授業中に学生の意見を聞くために指名すると、「僕にふらないでくださいとか「急にふられても」などと言う。……ほかに次のようなものがある。

(授業後に呼び止めると)「約束あるんで、まきでお願いします」
(発表のときに言い間違いをした学生が)「かんじゃいました」
(学生の言葉を受けて、そのなかのあやまりをただちに指摘すると)「きついつっこみ
(すぐ前の発表者と類似した内容のことを言うとき)「前の人とかぶってるんですけど」


「巻く」「巻き」は「予定の時間よりも早く終わらせる」、「噛む」や「つっこみ」は今や説明不要。「かぶる」は「重なる」「ダブる」ですが、もとは「人物同士が画面上で重なって見える」ことを言います。ここに挙がっているもの以外だと 「ダメ出し」もテレビから広まったものでしょうか。野口氏もこの本の中で批判的に言っていますが、芸能人が楽屋の裏話のような、本来は内輪でとどめておくような話をトーク番組で面白おかしく話すようになって広まったのだと思います。

こういう隠語のような言葉を一般の人が使うことに対しては賛否あると思いますが、私が野口氏のこの本について残念に思うのは、なぜ若い人がこういう言葉を使うのかと考えるところまで行っていない点です。「レベルの低い(と著者は思っているようです)番組から知った言葉を無批判に取り入れるなんて」という憤りで終わってしまっています。

もちろん、いわゆる業界人(特にテレビ業界は華やかに見える)の言葉を使うとちょっと得意な気分になれる、カッコよく見えそう、という見栄もあるでしょう。また、友人同士で使う言葉は単に情報を伝えるだけでなく、親しい関係を保つための道具です。会話の中に共通の語彙を散りばめることで、「私たち、共有しているものがたくさんあるよね。分かりあってるよね」という確認を繰り返しているのです。テレビの業界用語を使うのは「同じ番組を見ているという共通項のある私たち」というサインではないかと私は思っています。

もっとも、野口氏が面白くないのは、こうした内輪の言葉を授業でも使うという「公私の区別のなさ」かもしれません。友人同士の会話で使うくだけた言葉と、学校の授業というパブリックな場での言葉を分けることができないというのは確かに問題です。

でもだからといって、「大学の授業ではどう話すべきか」を大学の先生が学生に手とり足とり教えないといけないのだとしたら、それもまた情けない状況だなあという気がします。
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主語と述語を引き裂かないで

先日、家で取っている新聞を何気なく見ていたら、こんな文章に行きあたりました。

「芸妓姿で氷見歩こう まるまげ祭り参加者募集」
「祭りは氷見の芸妓(げいぎ)が既婚女性の象徴だった丸まげを結い、千手寺(幸町)の千手観音菩薩像にお参りして幸せな結婚を祈願したのが始まりとされる」。(★1)


こういう文はとても気になります。分かりにくいのです。

というのは、主語「氷見の芸妓が」と述語「結い」までの間に長い修飾部が入ったせいで、主述が離れすぎているからです。本当の述語「結い」の前に、述語に見える別の語「象徴だった」があるので、「丸まげを」まで読まないと「氷見の芸妓が既婚女性の象徴だった」のかと思ってしまいます。

主語と述語は離さないのが大原則。前掲の文は、

「祭りは既婚女性の象徴だった丸まげを氷見の芸妓が結い、千手寺(幸町)の千手観音菩薩像にお参りして…」(★2)

とすれば、いくらかましになります。

ただ、これでも文頭の「祭りは」(主語)と「始まりとされる」(述語)が離れすぎていますので、これも離さずに書き、

「既婚女性の象徴だった丸まげを氷見の芸妓が結い、千手寺(幸町)の千手観音菩薩像にお参りして幸せな結婚を祈願したのが祭りの始まりとされる」(★3)

とするか、「祭りの起源を説明した文だ」と読む人に文頭で知らせるために

「この祭りの始まりは、既婚女性の象徴だった丸まげを氷見の芸妓が結い、千手寺(幸町)の千手観音菩薩像にお参りして幸せな結婚を祈願したことだとされる」

とした方が良いと思います。まとめると、★1の文は、

<主語1><主語2><修飾部><述語2><述語1>

というサンドイッチ構造になっていました。

★2ではこれを、

<主語1><修飾部><主語2><述語2><述語1>

に変え、さらに★3では、

<修飾部><主語2><述語2><主語1><述語1>

という語順にしています。主語と述語を離さない方が分かりやすい、という例でした。

最近ではある新聞の見出しで、

「東京都が痴漢した職員を懲戒処分」

というものがありました。「東京都が痴漢した職員」とは一体何でしょうか。自治体が職員にどうやって痴漢行為をするのでしょうか…などと書くと「それは難癖というものだ、全体を見れば意味は分かる」と言う人もいるかもしれません。確かに「懲戒処分」まで読めば言わんとすることは分かりますが、下のように直した方が誤解の余地はなくなります。

「痴漢した東京都職員 懲戒処分」

最初の例だと「東京都が」の述語は「懲戒処分」のはずなのに、その前に動詞「痴漢した」があるので、これが述語のように見えてしまうのです。「AがBしたCをDする」という語順は分かりにくくなりがちなのですね。

こういう例を引いて「日本語はあいまいで誤解が生じやすい。その点、英語は誤解の余地がない、より優れた言語」のように言う人もいるのかもしれませんが、日本語でも語順を守れば誤解は避けられます。その「誤解が生じない語順」を知らない人が多いだけ。私の記憶でも、こういうことを国語の授業で習ったことはないように思います。サ行変格活用もいいですが、国語の授業で教えていることは、社会に出てから文章を書く場面で役に立つのか、というのは少し、疑問です。

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名詞たちの「形容詞な活躍」

4日の朝刊に能の記事が載っていて、見出しに「幽玄な舞」とあったので「幽玄って形容動詞だったかなあ」と思い、字引を繰ってみると、名詞であり形容動詞でもあるので、「幽玄の舞」「幽玄な舞」どちらもありのようでした。この見出しがなぜ目に留まったのかというと、名詞に「な」を付けて形容動詞(ナ形容詞[※])化する用法が最近よく見るような気がしていて、これもそのパターンかと思ったからでした。例として思い付くのは「ニュースな人」「旬なトピック」「アートな空間」などでしょうか。ナ形容詞化しなければ「ニュースの人」「旬のトピック」「アートの空間」になるはずです。

(※ 日本語が母語でない人に日本語を教える場合、形容詞は「白い」「優しい」など「い」で終わる「イ形容詞」と、「優雅な」「活発な」など「な」で終わる「ナ形容詞」の二つがあると説明されます。日本語母語話者に対する日本語教育では前者を形容詞、後者を形容動詞と呼びますが、「イ形容詞」「ナ形容詞」と考える方が分かりやすいと思うので、ここではその言い方を使います。)

しかし最近多いとは言っても、かつて(すぐに廃れたとはいえ)「ナウなヤング」のようなナ形容詞化もあったわけですから、ここ数年の傾向というわけでもなさそうです。

外来語に「な」を付けて形容詞化したものというと「フレッシュな顔ぶれ」「エレガントな装い」等も思い浮かびますが、これらはもとの言語においても形容詞なので、すんなり形容詞化できるのです。

そして、もともと名詞だとも、形容詞だとも言えない、二股をかけたような言葉もあると思います。「エコ」は名詞(「エコロジー」の短縮形)のはずですが、「とってもエコ」のような言い方がされるようになって形容詞に近づき、「エコな暮らし」なんてオール電化のパンフレットに書いてありそうですし。「ロックな生き方」というのも、まあ、ありかもしれません(どんな生き方かよく分かりませんが)。

では今後、「名詞+の」が次々とナ形容詞化して「数学な先生」「バスな運転手」「ビルな最上階」みたいな言い方が出てくるのかになるのかというと、これはやはり変でしょう。

私見ですが「AなB」と言った場合「Aな」は必ずしも客観的な事実ではなく、話し手が受けた印象を主観的に述べているように思います。 「アートの空間」なら間違いなく芸術作品が置かれていそうですが、「アートな空間」はそうとは限らず、なんとなくアートっぽい雰囲気を感じる、という程度でもいいのです。ですから、「バスな運転手」や「数学な先生」がおかしいのは、それが誰が見ても変わらないことであり、そういう場合は「の」を使うべきだからでしょう。「ブルーの日」というと(あまり見たことのない言い回しですが、あえて意味を考えると)「ブルーの服を着る日」くらいでしょうか。一方「ブルーな日」だと「憂うつな日」です。「ブルーの日」ではこの意味にはなりません。

と、ここまで書いて「日本人の日本語知らず。」(清水由美著、世界文化社)をパラパラ見てみると、日本語教師の清水さんも同じようなことを書かれていました。

「昭和」という語をそのまま名詞として使って「昭和歌」と言えば、それは昭和の時代に作られた歌ということになりますが、形容詞として「昭和歌」と言ったらどうでしょう。実際には平成の御世に作られた曲かもしれなくても、昭和っぽい、昭和の空気をまとった歌ということを言いたいのだろうな、と分かります。


「ナ形容詞は主観を述べる」の一例と言えそうです。そういえば、ナ形容詞を逆に名詞化するというのも最近はあるんですよね。「キレイを手に入れる」とか。ただこちらはあまり例が思い付きません。「キレイのために」みたいな用法が多いようだと、「名詞と形容詞の垣根が低くなっているようです」と書いてうまく締めくくれるのですが、毎回そううまく行くことはありません。もしそういう例があれば教えて下さい。

記事中で紹介した本。面白いです。

日本人の日本語知らず。日本人の日本語知らず。
(2010/11/26)
清水由美

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「ボク少女」は実在したのか 2

(前回までのあらすじ)戦前の女学生が「僕」「君」「失敬」「~だよ」といった男言葉を使っていた(かもしれない)ということを知った私は、真偽を確かめるべく図書館へ行ったのでした。

そこで見つけたのが、中村桃子著「『女ことば』はつくられる」(ひつじ書房、2007年)です。この中に、女学校(大まかに言って現代の中学校・高校にあたる)ができた直後の明治初期の様子が書かれていました。明治8年(1875)年の読売新聞に、女学生同士の会話として以下のように書かれているそうです。(表記は読みやすいよう、適宜改めてあります。)


「おちやさん、僕の北堂がね、先日『お前はもう他へ嫁さないと時が遅れるから人に依頼しておいた』と申しましたが、いやなこと。(略)」
「本当にそうですよ。曖昧とした亭主なんぞを持つのは不見識ですよ、君。きっと北堂に断りたまえ」(134ページ)


北堂は「ほくどう」と読み、母親のことです。母親が見合いを進めようとしているので困っているという話なのですが、自分や相手を呼ぶ「僕」「君」、「~したまえ」という話し方は男性の会話のようです。

それから10年後の明治18年(1885)の「女学雑誌」には、やはり男性のような言葉づかいをする女学生が登場しています。


「澤山君、そんなに知らぬ風をしたもうな。例の才子はもう卒業したじゃあありませんか」
「よしたまえ」
「おお、ちょっと待ちたまえ。例の梅香先生がこっちへ来るよ。あの先生が来ると実に窮屈でなりませんよ」
「なぜそんなに恐れたもう。誰も入校の初めはあんなものさ。僕ら、いや妾(しょう)らはこれを導きて当世風にするする義務がありますぜ」



ありますぜ、まで来るとあまり上品とは言い難い感がありますが、彼女たちも一人称が「僕」であり、文末に「~さ」を付ける、同性を君付けで呼ぶなど、男性のような話し方です。

女学生の男言葉使用はこの後も続きます。記録されているものを並べると、

「君」「僕」「何々すべしだよ」(明治23/1890年)
「そうかい」「いいじゃないか」(明治24/1891年)
「僕」「きみ遊びに来たまえな」(明治38/1905年)

などがあります。さらには一部で男性化が加速したものか、「おい、おれの神妙なことを見ろよ」「おい、何を気取っているんだ」という、やや荒っぽい会話も明治43~44(1910~1911)年ごろになされていたという記録があります(141~142ページ)。前に紹介した女学生の言葉遣いが事実だとすると、男言葉はその後20年以上女学生の間で使われていたことになります。

では、これらの言葉づかいは一体どこから彼女たちの言葉の中に入って行ったものでしょうか。次回はそのあたりを書いてみたいと思います。

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「ボク少女」は実在したのか

管賀江留郎(かんが・えるろう)なる素姓の知れない人物の書いた「戦前の少年犯罪」(2008年、築地書館)という本が私の手元にあります。ありますというか、自分で買ったものなのですが、買ってから一度読んだきりだったのを先日、何年かぶりにパラパラ見ていたら、こんな記述を見つけました。(太字は引用者)


荒木大将はまた同じ時期に「キミ・ボク」禁止令を出してます。女学生の間に「キミ」「ボク」「失敬」なんてな男言葉が流行っていたのです。(190ページ)


著者によると、昭和初期の女学生が「君」「僕」という、現在一般に男性の使うものとされる言葉を話していたというのです。筆者はさらに、昭和9年(1934)の1月4日の読売新聞からの抜粋として、以下のような記者と女学生二人の会話を紹介しています。(表記は適宜改めてあります。)


「あなたがた、学校はどちら?」記者が突然問いかけると、
「しらないわ。」プイッと横を向いて、煙を吐いて、
「君、行こうよ。」
「うん、オフロどうする?」
「もち入って行こうよ。お正月だもん、大丈夫だよ。」


(記者の注によれば、「オフロ入る」はダンスホールに行くことを指す仲間内の言葉だとのことです。)

私の知る限りでは、男言葉・女言葉に関してのよくある指摘と言えば「昔は男言葉と女言葉がはっきり分かれていたが、最近ではその区別があいまいになってきた」というもので、それば「若い女性の言葉遣いが男性のように乱暴になってきている」という嘆きとして聞かれることも少なくありません。そして、戦前の女性たちは、そうした「失われた女言葉」を話していた世代、というのが私の認識でした。

もちろん、上掲の場面でも女学生が「知らないわ」と言っているように、「言ったわ」「そうよ」「そうなのね」といった、女言葉と聞いて今の私たちがイメージする言葉づかいをかつての女性たちがしていたのは事実でしょう。しかしその一方で、男性の言葉づかいを取り入れた女学生たちが、短期間とはいえ、いたかもしれないのです。

ちなみにウィキペディアを見ると、現代ではなぜか「僕」を一人称に使う女の子が「ボク少女」として一部の男性に支持されているそうです。そんな「ボク少女」が70年以上前にいたとしたら、ちょっと面白くないでしょうか?

こうして、「戦前のボク少女」探索が始まったのでした。

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プロフィール

奈津

Author:奈津
198X年生まれ、富山県在住。
フリーランス翻訳者。
関心は雇用(特に若い世代の)とか日本語の変遷とか。
家の周りは田んぼです。

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